ハワイアンジュエリーの歴史は19世紀までさかのぼります。
カメハメハ大王を初代とするハワイ王朝最後の女王となるリリウオカラニ女王が、
女学校の校長であったイギリス人恩師、アトキンソン氏に感謝の気持ちを込めて、
「アロハ・オエ Aloha O'e」(あなたに愛を贈ります)と彫られたゴールドのブレスレットを贈ったことが発祥と言われています。
イギリス王室とも親交が深かったハワイ王朝のリリウオカラニ女王は、
1862年、ヴィクトリア女王の夫であったアルバート王子の死を背景に、皇室では派手やかな貴金属・装飾品は禁止となり、
黒いジュエリーの着用しか許されませんでした。 当時イギリスと親密な関係にあったハワイでは、
イギリス王室と同じようにその死を悼み、「ホオマナオ・マウ Ho'omana'o Mau 」(永遠なる思い)と
文字を入れたゴールドのバングル(ブレスレットの一種)を特別に作らせ、
女王はその言葉通り、生涯このバングルを身につけていたそうです。こうしてハワイアンジュエリーが誕生しました。
その後もリリウオカラニは、さまざまな文字を刻んだジュエリーを作らせ、一種お守りのように身につけ続けました。
そして、親交の厚かった教師、ゾエ・アトキンソン女史に感謝の意を込めて、女王作の歌と同じ「ALOHA 'OE(アロハ・オエ)」と刻んだ
バングルを贈ったことをきっかけにこのことが女史の生徒の間で流行となりました。
そしてさらにハワイの人々の間で、親から子へ、さらに恋人同士、友人同士でジュエリーを贈り物にするようになりました。
こうしてイギリスを起源とし、リリウオカラニ女王によってハワイにもたらされたジュエリーは、一般の人々にも広く広がり、
その後次第にハワイの文化と融合し、ハワイならではの習慣、伝統となりハワイならではのハワイアンジュエリーになりました。
17世紀後半イギリスで流行した、故人の追悼や愛の言葉や思い出の言葉を彫り込んだアクセサリーである
センチメンタル・ジュエリーが、 19世紀にヴィクトリアン・モーニングジュエリー(服喪用アクセサリー)となり、
リリウオカラニ女王によってハワイで定着し、ハワイを代表とする世界的人気アクセサリーとなりました。
ハワイの神聖なモチーフが刻まれたハワイアンジュエリーは「心を寄せる、思いを伝える」力があると信じられ、
男性から女性へ、また女性から男性への特別な贈り物に選ばれています。
ハワイアンジュエリーは正式にはハワイアン・エアルーム・ジュエリー(代々受け継がれる家宝)と呼ばれ、
大切な思い出とともに親から子へ子から孫へ、または、大切な人へと、お守りのように受け継がれています。
本来ハワイアンジュエリーは一つ一つ手作りのもので、熟練の職人によって手彫りされます。
その分高価で20~30万します。また、通常14金という少し硬い金で作られるため、傷が付きにくく、
少々乱暴に扱ってもその美しさを保つのも魅力です。
今では恋人同士、結婚記念、卒業記念、誕生日に贈られることも多く、好きな言葉や、
愛する人の名前を彫り入れたジュエリーを作ったりすることもあります。
ハワイ語で、「アロハ・オエ」は「あなたが愛されますように」という意味です。
大切な人への贈り物としてハワイアンジュエリーのステイタスが確立され、
愛情の象徴としてハワイだけでなく世界中の人達親しまれています。
モチーフとしてハワイを象徴する花であるプルメリアやハイビスカスの花やハワイで神聖とされているティーリーフの葉、
マイレの葉、命の源である海を象徴するホヌやイルカなどが多く用いられています。
ハワイの美しい自然のように透明で純粋な永遠の愛の思いがハワイアンジュエリーに込められています。
また最近では、自然界からのみならずビーチサンダルやウクレレ、パイナップルなどのハワイならではのモチーフなども登場。
その種類もバングルだけでなく、リングやペンダント、ピアスなどに広がり、さらにハワイの人々にとって身近なものへと進化し続けています。
今ではハワイアン・ファッションに無くてはならないアイテムになっていますが、フラを踊るときには、
ハワイアンジュエリー等は一切身に着けません。ハラウによっては、時と場合に応じてバングル等を認めているようですが、カヒコでは着用しません。
現在、ハワイアンジュエリーは、正式には「ハワイアン・エアルーム・ジュエリー」(代々伝わる宝、家宝)と呼ばれ、
現地では祖母から母、母から娘へと代々受け継がれていくもの、家族や恋人、親友への愛情を表現するもの、また、
卒業記念、誕生記念、結婚記念などの思い出をとどめるものとしてハワイアンの間で永く愛され続けています。
ハワイアンジュエリーには愛や祈り、願いなどを表す文字を刻みます。
「想い」をカタチにすることでいっそうその想いが強まりパワーとなって身につけるものを優しく包んでくれるそうです。
そんなハワイアンジュエリーはハワイアンのあいだでは身を守るお守りとして、また幸せを運んでくるアイテムとして愛されています。
1887年にカピオラニ女王とリリオカラニ王女(リリオカラニ王女は後に、ハワイ王朝最後の女王となります)がイギリスを訪問した際、
イギリス側より贈られたゴールドのブレスレットが発祥だと言われています。このゴールドのブレスレットには美しい彫刻がほどこされ、
さらにはそれぞれカピオラニ女王、リリオカラニ王女の名前が彫られていました。女王たちの名前は黒く輝くエナメルで飾られていたそうです。
ハワイアンジュエリーには、マイレの葉、ティーリーフの葉、ハイビスカス、プルメリア、ハードオブパラダイスなど、
ハワイで神聖とされているものをモチーフとしデザインされています。 リングやブレスレットの他にもペンダントやピアスなどもありますが、
伝統的なハワイアン・ジュエリーは14金に黒のグラスエナメルで文字を入れたブレスレット又はリングです。
しかし、現代では、サーフボードやビーチサンダルなど時代あったものも見受けられるようにもなり、
大好きな人への贈り物、卒業記念、誕生日記念など、お祝い事や愛情表現としてこのハワイアンジュエリーを贈るのが習わしとなり、
思い出を残す贈り物として永遠に愛され続けています。
その種類もバングルだけでなく、リングやペンダント、ピアスなどに広がり、さらにハワイの人々にとって身近なものへと進化し続けています。
ハワイでは女王が始めて「ハワイアン・ブレスレット」を贈った事を起に、このジュエリーが広まり、
アロハスピリットを永遠の思い出に残せるジュエリーとして各家々で代々受け継がれるような存在になっていきました。
ハワイアンジュエリーの正式名は「ハワイアン・エアルーム・ジュエリー」=代々伝わる家宝と呼ばれています。
現在では、ハワイアン・ジュエリーの文様はプルメリア、ティー・リーフ、波などが多く見受けられますが、
それは当時の職人達が取り込んだハワイ文化の象徴と言えるでしょう。また、ハワイアン・ジュエリーの名前部分の彫刻に使われる
Old English という字体は、イギリスから贈られたブレスレットの名残りです。
イギリスのビクトリア調ジュエリーをルーツとするハワイアンジュエリー。
その後ハワイ文化に融合するにつれ次第にそのデザインはハワイ独特の自然をモチーフにしたデザインへと変化していきます。
イギリスの伝統的喪中用モチーフであったスクロール(渦巻き模様)がハワイ文化の中で波のデザインに変化し、
ハワイを象徴する花であるプルメリアやハイビスカスの花や神聖とされるマイレやティーリーフの葉、
命の源である海を象徴するホヌやイルカ、波などをモチーフにしたデザインが刻み込まれるようになり、徐々に現在のデザインになっていきました。
また最近では、自然界からのみならずハワイアンキルト柄やビーチサンダル、ウクレレ、パイナップルなどのハワイならではのモチーフなども登場。
本来のハワイアンジュエリーは、伝統を受け継いだ職人により一つ一つ手作りで作られます。
現在、ハワイで安く売られているジュエリーのほとんどが、中国や韓国、東南アジアなどで大量生産されており、
金・銀の質が落ち、比重、肉厚、輝きも違いますので、購入の際は注意が必要です。
下記のお店は本物のハワイアンジュエリーだけを取り揃えていますので安心です。ハワイアンジュエリー専門店です。
ハワイアンジュエリーの歴史を語る上でかかせないのがリリウオカラニ女王(1839年ー1917年)。
ハワイ王朝最後の女王で「メリー・モナーク」としても親しまれたカラカウア王の妹。
1893年、カラカウア王の死によって女王に即位。
その2年後、政変によりイオラニ・パレスに幽閉され、その後王朝は消滅。
1894年ハワイは臨時政府のもと共和国となり、リリウオカラニはハワイ共和国の一市民となる。
その後も旧女王として人々の敬愛を受けつつワシントン・プレイスで暮らし、1917年、79才で死去する。
女王は音楽家としての優れた資質にも恵まれ、生涯に200以上もの美しい歌曲を残している。
最も有名な曲に「アロハ・オエ」があります。
貴族 → ハワイ女王 → ハワイ共和国 → アメリカ領土の激変の時代を生きた、ハワイ最後の国王。
1838年ホノルルに生まれ、1917年没。
ハワイは熱帯・亜熱帯に属しますが、年間を通しての平均気温が約24℃と温暖で快適です。
夏場は北東から吹く貿易風の影響で湿度も適度なので、空気がカラッとしていてとても気持ち良く過ごせます。
10月~3月の冬場は雨季に当たり、夏とは逆に南西から湿気を含んだ生暖かいコナ・ウィンドが吹き込み、
シャワーと呼ばれる雨を降らせます。しかし、雨はさほど多くはありません。
年間を通じて、晴れた日の日中の日差しはとても強く気温も高くなります。日焼け止めや帽子、サングラスなどの紫外線UV対策は必要です。
ハワイの天候は、どの地域をみても年間を通して地域ごとに安定しています。
ハワイの気候を年間を通して維持しているのはベーリング海からの貿易風です。
ハワイの気候を説明する為に一番重要なのはハワイ諸島がどうやって作られた島なのか。
それはハワイ諸島は火山活動によって作られた島々です。
よくニュースなどで取り上げられている有名な火山にマウナロア山や、キラウエア火山などがあります。
ハワイは常夏の楽園、ハワイには年間600万人以上もの観光客が訪れます。
ハワイの気候や風土、環境にふれれば誰しも「一度は住んでみたい」と思うでしょう。
ハワイにはたくさんの島々があり、小さな島を含めるとその数なんと100以上。
主な島は8つあります。
ニイハウ島 (人口 230人、面積69平方マイル)
個人所有の島で牧畜が主要産業。制限が厳しく、入島を許可された人だけがヘリコプターによって立ち入ることができます。
伝説では火山の女神「ペレ」のふるさととされています。
カウアイ島 (人口54,200人、面積552平方マイル)
別名「ガーデンアイランド」とよばれ、緑多い美しい景観で知られています。
ランドマークはハナレイ湾、ワイルア川、ナウィリウィリ湾、ポイプビーチなど。
オアフ島 (人口863,100人、面積597平方マイル)
首都ホノルルがある、最も人口の多い島。主要な空港、港湾、ビジネス街、金融街、州立大学があり、
米軍の太平洋地区の中央司令部があります。ワイキキは観光の中心となっています。
ランドマ ークはヌアヌ・パリ、ダイアモンドヘッド、真珠湾など
マウイ島 (人口108,000人、面積727平方マイル)
別名「渓谷の島」。砂糖、パイナップル、牧畜を産しています。標高3007メートルのハレアカラは世界最大の休火山として知られています。
1845年までラハイナはハワイの首都で当時盛んだった捕鯨港の雰囲気を今にとどめています。
カアナパリとワイレアのリゾート近くにはワールドクラスのゴルフ場があり世界中からの訪問者を迎えています。
ランドマークはハレアカラ、イアオニードル、ハナなど。
モロカイ島 (人口6,717人、面積260平方マイル)
別名「フレンドリーアイランド」。農業、牧畜、観光を主な産業としています。島の北には世界一の高さ を誇る岬があり、
合衆国指定の史跡にしていされたカラワオ郡のカラウパパのハンセン病隔離施設 はその岬の下にあります。
ラナイ島 (人口2,426人、面積140平方マイル)
以前はドール社がパイナップルを大々的に栽培していたことで「パイナップル・アイランド」として知られていました。
今は二つのワールドクラスリゾート・ホテルの完成によって、観光業が盛んになってきました。
カホラヴェ島 (人口0人、面積45平方マイル)
最近まで米軍の爆撃や艦砲射撃の標的にされていた島で、現在、不発弾の処理が進行中です。許可された人以外上陸はできません。
ハワイ島 (人口130,400人、面積4,028平方マイル)
別名「ビッグアイランド」。文字どおりハワイ諸島最大の島で二つの火山、マウナロア、マウナケアをはじめカウ砂漠、雄大な滝、シダの
生い茂る森や色とりどりの蘭の花など雄大な自然がいっぱいの 島。砂糖、コーヒー、マカデミアナッツ、牧畜などが主要産物としてあげられます。
ランドマークはハワイ国立火山公園、ケアラケクア湾、カイルア・コナ、カワイハエ、パーカー牧場、ワイピオ渓谷など。
LAULE'A 平和・友情・幸福
MAHALO 感謝
HAU'OLI 幸福
POMAIKA'I 恵み・祝福
MALULANI 神に守られし
ALOHA 愛・思いやり
MAULOA 永遠
MOE'UHANE 夢
MANA 魂・力
OLA 生命
KU'UIPO 愛しい人
PILIALOHA 愛しあっている夫婦
LOKOMAIKA'I 優しさ
HOA PILI 親友
PUMEHANA 温かい心
OHANA 家族
HO'OMANA'O MAU 永遠なる思い
ME KA MAHALO 感謝をこめて
MAHINA 月
HOKU LELE 流れ星
ANUENUE 虹
MAKANI 風
KAI 海
MOANA 大海
NALU 波・サーフ
PUA NANI 美しい花
ANELA 天使
LEIALOHA 愛児
KEIKI KANE 息子
KAIKAMAHINE 娘
MAKUA KANE 父親
MAKUAHINE 母親
MAHALO NUI LOA. どうもありがとう
A HUI HOU! またお会いしましょう(さようなら)
MELE KALIKIMAKA! メリー・クリスマス!
HAU'OLI MAKAHIKI HOU! ハッピー・ニュー・イヤー!
HAU'OLI LA HANAU 誕生日おめでとう
ALOHA 'OE あなたが愛されますように
ハワイアンジュエリーの歴史